第二話 「動く、こころ」

 

「な、何をいうのよ」

そう言うと頬を少し赤らめてますます俯いてしまった。

僕の胸の鼓動が一気に跳ね上がる。

(か、可愛い・・・)

俯いた口元からこぼれた愛らしさは僕を捕らえて離さなかった。

「・・・碇君?」

頬を赤らめたまま不思議そうに彼女がつぶやく。

放心状態だった僕は一瞬にして現実に引き戻された。

「え!あ、ああ、その、ご、ごめん・・・」

我を忘れて見とれてた自分に思わず恥ずかしくなる。

「碇君の顔・・・真っ赤」

「い、いや、そんなことないよ。あ!それよりさ、か、風邪は大丈夫なの?

なんか今更聞くのもあれだけど・・・」

何とか話題をそらす。

彼女もそれ以上は追及してこなかった。

「・・・風邪じゃ、ないわ」

「え、じゃあ・・・」

ぼん

そこで彼女の頬がまた瞬時に赤く染まる。

「・・・言えないわ」

僕の頭でようやく回路が繋がった。

この年頃の女の子で風邪以外で休む、ましてこんなに恥ずかしそうにしている・・・。

ぼん!!

顔から火が出そうな勢いで僕はまた赤くなる。

「・・・」

「・・・」

気まずい沈黙が流れる。

「あ、あのさ、明日はもう学校来れそうかな?」

先に沈黙を破ったのは僕だった。

「・・・ええ。もうかなり楽になったから」

「そ、そっか。良かったね・・・」

「・・・ありがとう」

ここでまた何を話していいか解らなくなり、再び沈黙が訪れる。

雨はいつの間にか止んでいた。

何を話したらいいんだろう。

ていうか、恥ずかしすぎて話せない。あんな後だもんなぁ・・・。

重い沈黙を破ったのは「ピー」という乾燥機の音だった。

どうやら制服が乾いたらしい。

彼女は無言のまま僕の制服を取りに行った。

「・・・はい」

「あ、ありがとう」

そう言って僕は制服を受け取るとすぐに着た。

「あ、じゃ、じゃあ、そろそろ僕、帰るね」

「・・・ええ」

玄関まで彼女が僕を見送る。

「じゃあ、また、明日」

「・・・ええ、また」

そうして僕の視界から彼女の姿が消えた。

「はぁ、緊張した・・・」

僕はため息をついてから歩き出した。

それにしても

初めての会話だってのに、あんな恥ずかしいことしちゃったよ・・・。

思い出したらまた顔が熱くなってきた。

僕は急ぎ足で家路についた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 

家に帰るともう5時を過ぎていた。

思ったより長居してたみたいだ。

僕は着替え終わるとすぐ夕食の準備に取り掛かった。

でも自分しか食べないので料理も自然手抜きになる。

母さんは、いない。

僕が4歳ぐらいの時に事故で死んだらしい。

父さんはいつも仕事で、帰ってくるのは大体1時ぐらいだった。

だから家事は僕がやらなきゃしょうがない。

まぁ、嫌いじゃないからいいんだけど。

一人きりの夕食を終えると洗濯機に着ていた服を放り込んで
スイッチを押す。

動き始めたのを確認して僕は風呂へ入った。

湯船につかり、今日一日のことを思い出す。

雨、不思議な夢、白い封筒、そして綾波レイ・・・。

(はぁ、なんか色々あったな・・・。
あ、明日は綾波学校に来るんだよな。なんか気まずいな・・・)

ぼーっとそんなことを考えながら、僕は湯船に顔を沈めた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 

その夜、僕はなかなか寝付けなかった。

ふと気がつくと彼女のことを考えている自分がいた。

(綾波、転校しないって言ってたけどどうしてだろ?)

(両親がいないなんて知らなかったな・・・だからいつも一人でいるのかな)

(それにしても、あの表情、可愛かったな・・・
綺麗だとは思ってたけどあんな顔もするんだ・・・)

そこまで考えて、また頬に火がついた。

枕に顔を押し当てて冷やそうとしてみるが効果はない。

(こんな風に人を見たのは初めてだな。これが・・・恋?)

結論に行き着いた僕の顔は、どうしようもなく熱くなり続けた。

「はぁ」

僕は顔の火照りを鎮めるのを諦め、寝返りを打った。
 
 
 
 
 
 
 
 
 

そのころ綾波レイはベッドに座り、月を眺めていた。

「碇君・・・」

なぜ、私は彼に両親の事を話したのだろう。

なぜ、私の顔はあんなに熱くなったのだろう。

「なぜ・・・」

声に出してつぶやいてみる。

無論そんなことで答えが見つかる訳でもない。

(あの人に女の子だからと言われて顔が熱くなった)

(あの人が帰ると聞いて胸が少し痛くなった)

(これは、何?)

(心が、痛いの?)

(今の私は、いつもの私と違う)

(今日、碇君に会ってからおかしくなり始めた)

(原因は、碇君?でもこの気持ちは嫌じゃない)

(心が、求めているの?)

(そう、私、恋をしたのね)

彼女は月を仰ぎながら夜風に髪をさらしていた。

彼女の目から一滴の涙がこぼれる。

(私、人を好きになれたのね)

(まだ、生きているのね)

その表情は喜びに満ちていた。

が、少しして彼女の目に憂いが見え始めた。

(でも、なんで、あの人はあんな悲しそうな瞳をしているの?)
 
 

満月が徐々に傾き、静かに夜は更けていった。
 
 
 
 

 


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