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外伝 「想い」

 

薄暗い部屋で一人の少女がベッドに腰をかけている。

窓から差し込む月の光が柔らかく彼女をつつんでいた。

半分ほど開いている窓から流れ込む風でレースのカーテンがふわりと動く。

もういつからずっとこうしているのだろうか。

かれこれ三時間ほど綾波レイはただじっと空を仰いでいる。

枕を胸に抱えながら時折切なげなため息をついては目を閉じるその表情は、とてもいじらしく思えた。

「・・・碇、くん」

ピンク色をした柔らかな唇がゆっくりとその名を告げる。

だんだんと顔が赤く火照り着ているTシャツが小刻みに震える。

うすく透き通っているはずの白い肌も心なしか紅潮しているように思われる。

せつなさに耐え切れずレイは枕を抱えている腕に力を込めた。

そのせいで肩が小さく震え、蒼みがかかった薄い銀色の髪が揺れる。

シャギーのかかった肩ほどまでしか長さのないその髪は、月の光を浴びてまるで流れる水のようであった。
 

(・・・苦しい)

(碇くんのことを考えると胸が痛くなる)

(あなたの存在が私のなかでどんどん大きくなっている)
 

「ふぅ・・・」

熱い吐息が口からこぼれる。

そうしてレイは枕を手放すとベッドから立ち上がり、窓辺にそっと近づいた。

近くの公園にある噴水がゆるゆると流れているのが見える。

その向こうには漆黒の林が広がっている。

鬱蒼と茂っている木々からは夜風にさらされてさわさわと穏やかな葉ずれの音が聞こえてくる。

瞳を閉じてゆったりとその音色に耳を傾けながら、ふと彼女は数ヶ月前のことを思い出した。

初めて彼と出会った、あの日のことを。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

―――四月。
 

まだ桜舞う暖かな日。

始業式である今日は年に一度のクラス替えの日である。

昇降口付近に貼られた名簿で自分のクラスを確認したレイは、

何の躊躇いもせず新しい教室へと向かった。

その歩調とは裏腹に彼女にとってクラス替えというものは嫌なものでしかない。

今までクラスが変わるたびに好奇の目で見られてきた。

その端正な顔立ち、アルビノ特有の白い肌、蒼銀に輝く髪、

そして何より深紅の瞳を持つ彼女が目立つのはまあ仕方がないと言えばそうなのだが。

教室に入ると案の定いくつもの視線がこちらに絡み付いてくる。

(気持ち悪い・・・)
 

心の中では嫌悪感を抱きながらも顔色ひとつ変えずに自分の席につく。

幼い頃からそういった目で見られてきたせいであろうか。

彼女はいつの間にか顔に感情を表すことがほとんどなくなってしまった。

鞄を机の上に置きながら隣に目をやるとS-DATを聴いている少年と目があう。
 

その瞬間をレイは今まで一度も忘れたことがない。

いや、忘れることなどできなかった。

黒髪に中性的な顔立ちをしたその少年の瞳には、彼女に対するの何の感情も見えなかった。

好奇、嫌悪、畏怖・・・。

今まで誰もがレイに対して向けてきた感情、それらの欠片さえも彼からは感じられなかったのだ。

ただ、少し頬を染めていた。

幸か不幸かレイはそのことに気付かなかったが。
 

そのまま席に着いたはいいが、彼女の頭は先程の瞬間で止まっている。
 
 
 
 
 

初めてだった。

他人から嫌な気持ちを感じなかったのは。

自分のことを普通の人を見るのと同じように見られたのは。

(もしかしたら)

いつの間にか淡い期待が生まれている。

望むことを忘れた少女の、こころに灯が灯る。

(もしかしたら・・・あの人は私を見てくれるかもしれない)

でも、それを望んでも良いのだろうか。

また裏切られるだけなのではないのか。

痛みを負ったこころには必ず存在する恐れという感情が、彼女の中でゆっくりと頭をもたげ始める。

(これは・・・何?)

(望みたいのに・・・そうすることができない)

(望むことが、怖いの?)
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

静寂はいまだ続いていた。

遥か遠くのほうから車のエンジンの音がほんの僅かに聞こえてくる。

ひっそりとした、夜中の空気。

その静けさも、レイのつく小さなため息によって破られる。

「ん・・・」

結局、望むのを恐れる気持ちは今もなくなってはいない。

しかし、それでも彼女は想わずにはいられなかった。

自分の存在を認めてくれるかも知れない、唯一のひとを。

「碇くん・・・」

もう一度その名を口にし、彼女は夜空を見上げる。

白い光をこの世界に与えていた月はいつの間にか雲に隠れている。

冷たい、しかしほのかに土のにおいのする夜の香。

月が見えなくなっているのを残念に思ったのか、

レイは少しつまらなさそうな顔をして再び噴水に目を向けた。
 

「・・・?」

公園の前の道路に何か人影のようなものが見える。

しばらく噴水をじっと眺めていたようだが再びその人影は歩き始める。

噴水から目をはなす時に一瞬だがこちらからその顔を見ることができた。

「!!!」

あまりの驚きにレイの瞳が見開かれる。

「碇・・・くん?」

間違えようもなかった。

その人物は彼女が想い描いていた人そのものである。

急に高鳴る心臓。熱くなる頬。

まさかこんな時間に彼を見るとは思いもよらなかった。

嬉しさよりも驚きが先にたつ。

「どうして、こんな時間に・・・」

何故だかわからないがレイは急に不安を覚えた。

もやもやしたものが心を覆う。

先程とは違う動悸。

ドクン、ドクン、と鳴るたびに居ても立ってもいられなくなる。
 
 
 
 
 
 
 
 
 

気がつくとレイは公園の前まで来ていた。

しかしそこにはもはや少年の姿はない。

前後を振り返ってみてもそれらしき影は見当たらなかった。

どうやらもう行ってしまったようである。
 

(・・・遅かったのね)

仕方なしに噴水の前のベンチに座る。

このまま部屋に戻る気にもならないので彼女はもう少し噴水を見ていることにした。
 
 
 

夜風に乗って水のにおいがかすかに感じられる。

木々の穏やかなささめき。揺れる水面を瞳に映しながらレイはじっとそれに聞き惚れる。

とても落ち着く感じがする。

木々の声をもっと感じたくて彼女はその瞼で深紅の瞳をおおう。
 

さわさわさわ。
 

風がその息を吹きかけるたびに彼らは毎回違った音を奏でる。

他に聞こえてくるものは自分の穏やかな鼓動と息遣い、それに時折跳ねる水の音だけ。
 

が、しばらくしてその閉塞した世界に新しい音が加わった。
 

こつ、こつ、こつ・・・
 

硬いアスファルトをたたく靴の音。

まさかと思いレイは瞑っていたその目を開き、音のする方に振り向いた。
 
 
 
 

「碇君・・・」

そこにいたのはやはり彼であった。

驚いたような顔をしながらシンジは歩調をはやめてこちらに近づいてくる。

「あ、綾波?どうしてこんなところに・・・」

不思議そうに尋ねるシンジに、彼女は自分が眠れなくて外を見ていたこと、

シンジの歩いている姿が見えたことなどを告げた。

途中、彼が顔を赤くして俯いているのに気付く。

「碇君?」

不思議に思って声をかけたが慌てて何でもないと言われた。

レイは自分がかなりラフな格好をしていることに気付いていない。

それゆえどうして彼が赤くなったのかわからないまま話は進んでいく。
 
 

「・・・びっくりしたよ。いきなり綾波がいるもんだからさ」

シンジの一言に頬が紅く反応する。

自分が赤くなっているのを悟られないように彼女は下を向く。

そうしてレイは先程のシンジと立場が逆になっていることに気がついた。

(碇くんも・・・こんな気持ちだったの?)

「私も・・・驚いたわ」

言葉を口にするだけなのに何故かそれがとても恥ずかしく感じられる。

自然、声もだんだんと小さくなった。

「まさか、本当に現れるなんて思わなかった・・・」

そう言うとレイはますます恥ずかしくなり、絶えられずに噴水のほうに目をそらす。

「え?何?」

「・・・何でもない」

もしかしたら会えるかもしれない。

そんな微かな希望を抱いていて此処に居た事を見透かされそうで恥ずかしさがこみ上げてくる。
 

無言で隣に座るシンジの気配がした。
 

「・・・」

「・・・」

「・・・」
 

何故だろう。

部屋で彼を見たときに感じた不安が再び蘇る。

漠然とした何かがレイの心を圧迫する。

「碇君は・・・どうしてこんな時間に?」

その大きな力を持つ何かに耐え切れずに彼女は口を開いた。

震える肩。何も聞かないほうが良かったのかも知れない。

そんな考えが彼女の頭をよぎる。

しかし、時は動き出していた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

かすかに揺れるカーテン。

ベッドにうつぶせになりながらレイは先程のことを考える。
 
 

「悪夢、だったんだ・・・」

シンジの口から次々にこぼれゆく言葉。

彼女の想像もしなかった過去。

どれもがとても衝撃的なものであった。
 

(だから・・・あの時の瞳はとても悲しそうだったのね)

この部屋に初めて彼が来た日のことを思い出す。

降りしきる雨の音。突然現れたシンジ。
 
 

何も知らなかった。知ろうともしなかった。
 

傷ついているのは自分だけ、今までそう思っていた。

自分が救いを求めている相手もまた、必死で闇の中で手を伸ばしている。

叩いたその頬も抱きしめたその身体もとても温かいものだった。

しかしその温かさの奥に隠れている彼の心はきっと深く傷ついている。
 

自分に何ができるのだろう。

レイは自問する。

しかしその答えは未だみつからない闇の中。

でも、と彼女は思う。

今はまだ見つからなくとも、いつか必ず答えを探し出してみせる。

「碇くん・・・」

そのままレイはゆっくりと目を閉じる。

(大丈夫、きっとみつかる・・・見つけてみせる)

固く結ばれた唇が彼女の決意を示していた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

・・・その答えを見つけた時、初めて彼女は胸に抱く想いを伝えることが出来るのかもしれない。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 


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